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1/18「きよめられる幸い」マルコの福音書 1章40~45節

2026年 1/18(日) 第三主日
主日礼拝 

ー西本耕一牧師ー

 

 

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礼拝動画はこちらからご覧いただけます。

 

【聖書】
マルコの福音書  1章40~45節
40:
さて、ツァラアトに冒された人がイエスのもとに来て、ひざまずいて懇願した。「お心一つで、私をきよくすることがおできになります。」

41:
イエスは深くあわれみ、手を伸ばして彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。

42:
すると、すぐにツァラアトが消えて、その人はきよくなった。

43:
イエスは彼を厳しく戒めて、すぐに立ち去らせた。

44:
そのとき彼にこう言われた。「だれにも何も話さないように気をつけなさい。ただ行って、自分を祭司に見せなさい。そして、人々への証しのために、モーセが命じた物をもって、あなたのきよめのささげ物をしなさい。」

45:
ところが、彼は出て行ってふれ回り、この出来事を言い広め始めた。そのため、イエスはもはや表立って町に入ることができず、町の外の寂しいところにおられた。 しかし、人々はいたるところからイエスのもとにやって来た。

 

メッセージ概要

 

医学は発達しても病はなくなりません。しかし神様は私たちを癒やし、回復されます。

 

1,絶望の中での希望

 『ツァラアト』の病は人を汚れた者とし、家族や社会から見捨てられ、人生を希望のないものにします。しかし、そのツァラアトの人は大胆にもイエス様に近づき、「お心一つで私をきよくできます」と信仰を告白しました。彼は「できます」と信じたのです。「人にはできないが神にはできる」と信じ、すべてを委ねる信仰が求められています。

 

2,癒やされるキリスト

 イエス様は手を伸ばし触れて「きよくなれ」と言われました。憐れみによって触れられたのです。私たちは病気でなくても、心の罪に陥ることがあります。そんな心にイエス様は手を伸ばし、「きよくなれ」と語られ、そのことばによって罪はゆるされ、心の傷も癒やされます。

 キリストは私たちの罪の呪いを十字架で負い、御子の血が罪を洗いきよめてくださるのです。

 

3,恵みの回復

 イエス様の癒やしは肉体だけでなく、心とたましいをも回復させます。祭司に見せて証明を受けよと言われたのは、神との交わりと社会生活の回復のためでした。そこに大きな喜びが生まれます。語るなと言われても、彼は喜びのあまり語らずにはいられませんでした。その結果、多くの人々がイエス様のもとに来たのです。

 私たちも絶望の中でイエス様を信じ、心をきよくされた喜びをもって、救い主を大胆に証ししていきましょう。

 

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