2026年 3/8(日) 第二主日
主日礼拝
ー西本耕一牧師ー
- 【聖書】
コリント人への手紙 第一 4章14~18節 - 14:
私がこれらのことを書くのは、あなたがたに恥ずかしい思いをさせるためではなく、私の愛する子どもとして諭すためです。
15:
たとえあなたがたにキリストにある養育係が一万人いても、父親が大勢いるわけではありません。この私が、福音により、キリスト・イエスにあって、あなたがたを生んだのです。
16:
ですから、あなたがたに勧めます。私に倣う者となってください。
17:
そのために、私はあなたがたのところにテモテを送りました。テモテは、私が愛する、主にあって忠実な子です。彼は、あらゆるところのあらゆる教会で私が教えているとおりに、キリスト・イエスにある私の生き方を、あなたがたに思い起こさせてくれるでしょう。
18:
あなたがたのところに私が行くことはないだろうと考えて、思い上がっている人たちがいます。
メッセージ概要
パウロはコリントの教会の人々を「愛する子ども」と呼び、福音によって彼らを「生んだ」と語りました。そこには、ユダヤ人からの激しい迫害に耐え、主の励ましの中で御言葉を語り続けた一年半にわたる産みの苦しみがありました。
かつて律法学者として空虚な日々を送り、クリスチャンを迫害していた彼は、復活のキリストとの出会いによって罪の赦しと永遠の命を得て、生涯をキリストに献げる使徒へと変えられたのです。
パウロが信徒に最も願ったのは、彼らがキリストに似る者へと成長することでした。その歩みの中心にあるのが、彼が到達した「十字架信仰」という解決策です。
彼は、キリストの似姿を目指す中で直面する自我との葛藤に対し、ただキリストを見上げるだけでなく、「私はキリストと共に十字架につけられた」という確信を得ました。もはや自分が生きるのではなく、自分の内にキリストが生きておられるという徹底した自己放棄と主への信頼こそが、パウロの宣教の核心でした。
当時のコリント教会が抱えていた分裂や不一致の根底には、人間的な「思い上がり」や高慢がありました。これらは福音を妨げる大きな障害です。
パウロは、信徒の中にキリストが形造られるまで産みの苦しみを続ける覚悟を持ち、「私に倣う者になりなさい」と勧めました。
この自我の磔殺の十字架信仰に立ち、高慢な己を捨ててキリストの命に生きることこそが、教会のあらゆる問題を解決し、真の模範となる唯一の道なのです。
