2026年 5/10(日) 第二主日
主日礼拝
ー西本耕一牧師ー
- 【聖書】
コリント人への手紙 第一 5章1~8節 - 1:
現に聞くところによれば、あなたがたの間には淫らな行いがあり、しかもそれは、異邦人の間にもないほどの淫らな行いで、父の妻を妻にしている者がいるとのことです。
2:
それなのに、あなたがたは思い上がっています。むしろ、悲しんで、そのような行いをしている者を、自分たちの中から取り除くべきではなかったのですか。
3:
私は、からだは離れていても霊においてはそこにいて、そこにいる者のように、そのような行いをした者をすでにさばきました。
4:
すなわち、あなたがたと、私の霊が、私たちの主イエスの名によって、しかも私たちの主イエスの御力とともに集まり、
5:
そのような者を、その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それによって彼の霊が主の日に救われるためです。
6:
あなたがたが誇っているのは、良くないことです。わずかなパン種が、こねた粉全体をふくらませることを、あなたがたは知らないのですか。
7:
新しいこねた粉のままでいられるように、古いパン種をすっかり取り除きなさい。あなたがたは種なしパンなのですから。私たちの過越しの子羊キリストは、すでに屠られたのです。
8:
ですから、古いパン種を用いたり、悪意と邪悪のパン種を用いたりしないで、誠実と真実の種なしパンで祭りをしようではありませんか。
メッセージ概要
使徒パウロは私たちの内にある「古いパン種」すなわち罪を取り除き、キリストにある誠実さと真実に生きるよう勧めます。
1. 内住の罪の恐ろしさと無関心
当時のコリントは不道徳な風潮が強く、教会内でも目に余る不品行が起きていました。深刻なのは、教会がその罪を放置し、無関心に陥っていたことです。パウロはこれを、高慢や誇りから生じた「霊的な無感覚」であると厳しく指摘しました。罪を指摘するのは裁くためではなく、主の裁きの日においてその霊が救われるためです。欲が罪を産み、死に至る前に(ヤコブ1:15)、私たちは内なる罪の恐ろしさを自覚しなければなりません。
2. キリストによる「古いパン種」の除去
パウロは罪を、瞬く間に広がっていく「パン種」に例えました。私たちは世の影響を受けやすく、気づかぬうちに高慢や自己中心的な思いを膨らませてしまいます。
これを取り除く鍵は「過越の子羊」であるキリストです。かつてイスラエルの民が子羊の血によって災いを免れたように、私たちはキリストが十字架で流された血潮によって、罪の呪いから贖われ、きよめられるのです。
3. 誠実と真実への招き
自力で心をきよくすることは不可能です。私たちは日々、神の前に立ち、内なる高慢や無関心、隠れた罪を告白する必要があります。
キリストの血潮によって洗いきよめられ、悪意を捨てて「誠実と真実という種なしパン」をもって歩むこと。それこそが、救い主に出会った者の真実な姿であり、神が願っておられることなのです。
