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8/23「渇きをいやされる主」ヨハネの福音書 4章3~15節

2026年 8/23(日) 第四主日
主日礼拝 

ー西本耕一牧師ー

 

 

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礼拝動画はこちらからご覧いただけます。

 

【聖書】
ヨハネの福音書 4章3~15節
13:
イエスは答えられた。「この水を飲む人はみな、また渇きます。

14:
しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」

15:
彼女はイエスに言った。「主よ。私が渇くことのないように、ここに汲みに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」

 

メッセージ概要

 

 真昼の熱い盛りに水を汲みに来たサマリアの女性は、不道徳と見なされ社会や人間関係から疎外されていました。彼女は愛情や世の楽しみに心の満たしを求め続けましたが、それらは一時的であり、心の奥底にある「たましいの渇き」が満たされることはありませんでした。

 

1,渇きに対する約束

 そんな彼女に対し、イエス様は「わたしが与える水を飲む者はいつまでも渇くことがない」と語りかけます。それは善行や報いという世の常識を超えた、キリストの愛という「生ける水」聖霊を受けることへの衝撃的な約束でした。イエス様との対話を通じて、彼女の心は次第に開かれ、自らの渇きを認めて「その水をください」と素直に求めるようになります。

 

2,心の渇きを告白する

 イエス様が彼女の不道徳な過去に触れたのは、責めるためではなく、隠れて暮らす闇の生活から光の中へと導くためでした。彼女が正直に答えると、その心には命の水であるイエス様の愛が注ぎ込まれ、たましいの解放と癒やしが与えられました。

 

3,渇きをいやされたことの証し

 満たされた彼女は大切な水瓶を置き、町の人々にキリストとの出会いを伝えて、喜びを分かち合いました。

 私たちも自分の姿をイエス様に正直に差し出し、命の水(慰め主 ― 御聖霊)を受けて、心を癒やされ、その喜びを周囲と分かち合うことができます。この恵みを受けて、主の愛を伝える者とさせていただきましょう。

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