2023年 2/26
第四主日 伝道礼拝
ー西本耕一牧師ー
- 【聖書】 ローマ人への手紙 8章 35~39節
- :35 だれが、私たちをキリストの愛から引き離すのですか。苦難ですか、苦悩ですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
:36 こう書かれています。「あなたのために、私たちは休みなく殺され、屠られる羊と見なされています。」
:37 しかし、これらすべてに おいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。
:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、
:39 高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。
メッセージ概要
今年もはや2月となりました。ウクライナで戦争が始まって丸1年となります。ますます混迷を深めていくような状況にあります。日本でも北朝鮮からのミサイル問題や、台湾と中国の関係も不安な要素です。どこに私たちの心の平安そして圧倒的な勝利を持つことができるでしょうか。
1,神の愛から引き離すものはない
この世の中には、35節にでてくる「苦難、苦悩、迫害、飢え、裸、危険、剣」そのような苦しみがたくさんあります。特に今の時代は、苦悩する時代であると言えると思います。教会でも、時々悩みの相談があります。もちろん私は神ではないので、直接解決することはできません。
しかし、お祈りすることはできます。「だれが、私たちをキリストの愛から引き離すのですか。」とパウロは言いました。キリストは私たちを愛される方です。聖書の中でも、イエス様は親しくしていたラザロという人の墓の所に来て、涙を流された、とあります。神の子イエス様でさえも愛のゆえに涙を流されます。
アルゼンチンの有名な伝道者が集会の後、女子大生から質問を受けました。神もキリストも十字架もインチキだとくってかかってきたのです。もういくら説明してもだめだ。あきらめて「今日はここまでにしましょう。」と言った時に、「ちょっと待って下さい。少しお祈りさせて下さい。」と言ったそうです。彼は跪いて祈りました。すると涙が出て、止まらなくなり、涙を流しながら祈ったそうです。そして、目を上げると女子大生は立っていました。すると「今まで誰一人、涙を流して祈ってくれる人はいなかった。」と言って彼女は泣き崩れました。さらに「先生、もっとイエス様のことを話して下さい。信じます。」と言ったそうです。
苦難や苦しみ、悩みはあります。しかし、イエス様は私たちのために、涙を流し、さらには十字架の上で血を流し、私たちの罪を赦し、私たちを愛して下さる方なのです。誰も私たちをキリストの愛から引き離すことはできないのです。
2,愛して下さる方によって勝利者となる
神様を信じても、苦難や苦悩、迫害や危険はなくなりません。「屠られる羊と見なされています。」詩篇 44:22の引用です。「神様、助けて下さい。」との願いが込められています。私たちも悲観に暮れて、行き詰まるとき助けを求めることができるのです。
パウロは、「しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛して下さった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。」と確信しているのです。ですから私たちも悩むとき苦しむとき、私たちを愛し て下さる方がいる、そのことを信じるときに圧倒的勝利が与えられるのです。弱さに打ち勝つことができます。苦難にも勝利することができます。
田原米子さんのことを思い出します。お母さんの死を悲しみ鉄道自殺を図りましたが、奇跡的にいのちは助かりました。しかし、両足、左手、指二本を失いました。生きることが苦しみとなりました。そんな中福音に接し、十字架のイエス様は自分のために死んで下さった。そしてよみがえって下さった。その信仰により、右手指三本しかない、との考え方から、三本もあると心が変えられ積極的な生き方に変えられたのです。
苦しみの心、悩む心をイエス様は癒やされます。そして、十字架の血潮によって、苦しみ悩みすなわち罪を洗い清めて下さるのです。私たちもイエス様の愛を受けて圧倒的人生の勝利者とさせていただきましょう。