2023年 4/30
第五主日 礼拝
ー西本耕一牧師ー
- 【聖書】 マタイの福音書 28章 16~20節
- :16 さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示された山に登った。
:17 そしてイエスに会って礼拝した。ただし、疑う者たちもいた。
:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても地においても、すべての権威が与えられています。
:19 ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、
:20 わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」
メッセージ概要
イエス様は復活されて後、40日間弟子たちと共におられました。そして弟子たちに大切なことを約束されたのです。それは「いつもあなたがたとともにいます」と言うことです。
イエス様がお生まれになったとき、御使いは「その名はインマヌエル―神我らと共にいます。」と言ったのです。
また聖書に「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない」 (へブル 13:5)神様はたとえ弱く愚かであっても見捨てられない方です。ある方は「さよならを言われない方」だと言われました。確かに弟子たちの中にも疑う人がいました。トマスも信じられませんでした。しかしイエス様は彼を見放さず、わたしの脇腹に手を入れ、わたしの手に指を入れなさいと優しく言われたのです。あなたは見たので信じたのか。見ないで信じる者は幸いである。と言われました。
イエス様は私たちを責める方ではなく、愛して下さる方であり、弱い私たちを助けてくださる方です。イエス様は力のある方です。「天においても地においても一切の権威が与えられている」と言われる方です。そしてイエス様が私たちに命じておられることが3つあります。
1,弟子とする
イエス様は、あらゆる国々の人々を弟子とするように言われました。
イエス様は最後の晩餐のとき、「 弟子は師にまさるものではない。」 と言われました。当たり前のことです。学校の生徒が先生以上にはなれません。そうでなければ学ぶ必要はないのです。しかし、イエス様は最後の晩餐のとき弟子たちの足を洗われました。そして彼らに、わたしがしたようにあなた方も同じようにしなさいと言われたのです。
私たちは自分の力でイエス様がされたようにはできません。しかし、イエス様は私たちと共におられ、私たちの心の中に生きて働かれ、私たちに力を与えられます。それは人を愛することです。愛においてイエス様は働かれ力を与えられるのです。キリストの愛によって相手を愛し、ともに豊かな恵みに与ることができるのです。
2,バプテスマを授ける
そして、第二のことは、バプテスマを授けることです。洗礼を受けるように導くことです。これも私たちの力ではできません。イエス様は誰でも、聖霊と水によらなければ神の国を見ることはできないと言われました。聖霊は助け主、また慰め主です。私達の心を励まし、助けてくださるのです。信仰は神様の働きです。私たちの心に求める思いを与え、そして心の中に信じる思い、そして力を与えてくださいます。私たちが求めるなら、与えてくださいます。
パンがほしいという子どもに石をやる親はありません。さかなが食べたいと言ってサソリを与える親はいないのです。ですから、神様は求める者に良きものを与えてくださいます。
バプテスマ洗礼を受けることは神の国に入る第一歩です。イエス様はこの事を勧めなさい。授けなさいと私たちに言っておられます。
3,命じておいたことを守らせる
イエス様は弟子たちに命じられました。それは具体的な生活です。
① 日曜日には教会に来ることです。
集まることを止めないで、かえってお互いを励ますために何よりも神様を第一に、礼拝するため、祝福を受けるために教会に来ることです。
② 聖書を読むことです。
聖書は神の御ことば、いのちのパンです。食べなければ、心が弱り衰弱してしまいます。いのちの糧を豊かに与えていただき、心を強くさせて頂きましょう。
③ 祈ることです。
私たちの心の中にある願いや思いを神様に知っていただき、神様との交わりを持つことが大きな力となります。イエス様もいつも父なる神様とお祈りしました。そして、力が与えられて十字架を負って下さいました。祈るならば魂に力が与えられます。
④ 証しをすることです。
イエス様がなされたことを、証しし、また共に分かち合う。
これらの事を通して、イエス様のことを知って頂くとき、救われる人が起こされるようになります。 イエス様は共におられ力を与えてくださいます。