2023年 6/4
第一主日 聖餐礼拝
ー西本耕一牧師ー
- 【聖書】 ヨエル書 2章 25~32節
- :25 「いなご、あるいは、バッタ、その若虫、噛みいなご、わたしがあなたがたの間に送った大軍勢が食い尽くした年々に対して、わたしはあなたがたに償う。
:26 あなたがたは食べて満ち足り、あなたがたの神、 主の名をほめたたえる。主があなたがたに不思議なことをするのだ。わたしの民は永遠に恥を見ることがない。
:27 あなたがたは、イスラエルの真ん中にわたしがいることを知り、わたしがあなたがたの神、主であり、ほかにはいないことを知る。わたしの民は永遠に恥を見ることはない。
:28 その後、わたしはすべての人にわたしの霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、老人は夢を見、青年は幻を見る。
:29 その日わたしは、男奴隷にも女奴隷にも、わたしの霊を注ぐ。
:30 わたしは天と地に、しるしを現れさせる。それは血と火と煙の柱。
:31 主の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽は闇に、月は血に変わる。
:32 しかし、【主】の御名を呼び求める者はみな救われる。主が言ったように、シオンの山、エルサレムには逃れの者がいるからだ。生き残った者たちのうちに、主が呼び出す者がいる。」
メッセージ概要
先週はペンテコステの日でした。その日に神様は約束されていた、助け主御聖霊が弟子たちに降り、彼らは大胆にキリストの救いを伝えたのです。
これは偶然に起こったことではなく、今から2800年前に預言者ヨエルを通して知らされた神様の約束でした。
1,回復の約束
25節に「いなご」が出てきますが、農作物を食い荒らす害虫です。特に旧約聖書では、災害のシンボル的存在です。中近東やアフリカでは、イナゴによる飢饉が発生することがあります。すべて食い尽くされ、まったく食べるものがなくなってしまうほどの大きな害を与えます。
聖書にこの事が記されているのには一つの意味があります。それは、この事を通して、神様は人間が神に立ち返ることを願っておられることです。「わたしがあなたがたの間に送った大軍勢」と言う言葉にその意味が表されています。ですから、災いも偶然のこととして捉える以上に、それは自分に対して神様は何かを示しておられるメッセージと捉える必要があります。
なぜならば、神様はこのイナゴの災いに対して、「わたしはあなたがたに償う」と言っておられるのです。それは26節に「あなたがたは食べて満ち足り、あなたがたの神、主の名をほめたたえる」と約束されているのです。ですから、私たちは神に立ち返る必要があります。ルカ15章に出てくる、放蕩息子のように食べるものがなくなったとき、飢饉のときに、「父の家にはたくさんの食べるものがある、父のもとに帰ろう」と言って、私たちも神様のもとに帰らなければなりません。そうするなら、神様は不思議なことをされます。私たちを赦し、受け入れ、大いなる恵みを与えられるのです。「わたしの民は永遠に恥を見ることはない」神様の大いなる栄光にあずかることができるのです。
2,助け主聖霊が与えられる
そして、神様は終わりの日の時代に、「すべての人にわたしの霊を注ぐ。」と約束されています。それが、約 2000年前エルサレムで起こったのです。弟子たちは、聖霊により力と励ましが与えられ、大胆にイエス・キリストの救いを語りました。そして、その日 3,000人の人たちが救われたのです。神様の大きな御業です。すべての人、それは男も女も関係なく、老人も若者も聖霊が心に臨まれ、預言すなわち神のことばを大胆に語り、老人は夢を見、青年は幻をみるのです。
すなわち、心に希望と喜びが与えられるのです。将来があるのです。神様はしぼむことのない夢を、望みを私たちの心に与えて下さいます。身分の卑しい奴隷であっても、その希望は分け隔てなく、豊かに与えられるのです。
3,主の名を呼ぶ者は救われる
終わりの日には、天変地異が起こります。 30~31節には「値と人煙の柱、太陽は闇に、月は血に変わる」とあります。どれほど恐ろしいことか想像が付きません。おそらく、この事は避けて通ることはできないだろうと思います。
それでは私たちはどのようになるのか。「しかし、主の皆を呼び求める者はみな救われる」と約束されています。大事なのは救いです。いくら私たちはこの世で豊かな生活をしていてもやがては死ぬときがあるのです。必要なものは永遠のいのちです。そして、天国に行き永遠のやすらぎ、そして喜びが与えられることではないでしょうか。
いつ終わりの時がくるか、私たちはわかりません。しかし、神様が与えて下さる救い、天国で生きることの希望と喜びをまず、心の中に与えていただきたいと思います。