2023年 7/23
第四主日 伝道礼拝
ー西本耕一牧師ー
- 【聖書】
ヨハネの黙示録 3章 20節 - :20 見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。
メッセージ概要
いよいよ梅雨が明けて夏本番となりました。私たちの心も暑さを別にして、曇ってジメジメしている、うっとうしさを感じるよりもカラッと晴れた夏空のような爽やかさを与えていただきたいと思います。
「灰色のような心も、青空のように澄み渡った空に変わることができる」と、ある方は言っていました。
そして、一つの実験をしました。
一人ひとりを部屋に入れて、足を開き後ろ手に手を組んで面白かったことを思い出し、声を出して笑ってもらう。
次に、憎たらしいことや、しゃくに障った人のことを思い出して怒りの感情を持つ。筋肉の緊張度を測ると、笑うときには筋肉がゆったりとし、血行も良くなる。怒ると筋肉はこわばり血の巡りは悪くなったそうです。
心の中に何を考えるのか。人は考えによって楽しくもなり、苦しくもなるのです。ところが問題は自分の力で解決できないことにぶつかるときがあるのです。
自分で感情をコントロールできればそれでいいのですが、どうしようもできないこともあります。しかし私たちには救い主キリストがおられます。私たちの心のコントロールもキリストが安全に導いて下さるのです。
キリストは心の戸をたたいて開かれるように願っておられます。
もしキリストの声を聞き、心を開いて受け入れるなら、私たちの心も豊かになれます。ヨハネの福音書4章にサマリヤの女の人の話が記されています。
彼女は人目を避けた後ろ暗い生活をしていましたが、イエス様と話す中に渇きをいやす水のことを聞き、求める中に夫を呼びに来るように言われ、彼女の生活の問題を明らかにされ、彼女の生き方は変わり、過ちを隠して生きる生き方ではなく、むしろ人々に何もかも言い当てられたと証しする人生に変えられたのです。
また、ルカの福音書19章には、お金が人生のすべてだと考えていたザアカイという人のことが出ています。彼は町一番の金持ちでしたが、自分に親しくしてくれる人は一人もいませんでした。それでも、イエス様は彼を見つけ、彼の家に入って行かれたのです。人々はあんな罪人の家に入ってと陰口を言ったのです。ところがザアカイはイエス様を招き、交わりを持つことによって本来の喜びを発見したのです。
自分を喜ばせるのはお金ではない、救い主イエス様との交わりだ。他の人たちは自分のことを嫌がり、罪人と陰口を言って軽蔑しているけど、イエス様は違う。自分を愛し、喜んでこんな者のところに来てくださった。本当に愛してくださるのはこのイエス様だ。彼の心はイエス様によって満たされたのです。
なんとザアカイは、財産の半分を貧しい人たちに全部あげます。そして不正を行って取ったお金は四倍にして返します。とイエス様に約束したのです。おそらくそのことは実行されたでしょう。ルカの福音書を書いたルカは医者でした。正直にありのまま実名を挙げて書いたのです。そのようにザアカイは空しい人生から喜びの人生に変えられたのです。
それはイエス・キリストを心にお迎えしたからです。自分では変えられない、自分ではコントロールできない、その心の王座にキリストをお迎えするなら変えられます。
キリストの愛が与えられます。どんな失敗でも罪でも、キリストの十字架によってゆるされます。キリストの流された十字架の血潮によって心の罪が洗い清められるのです。
キリストを心の王座にお迎えしてください。空しい心はキリストの愛によって満たされます。