11/17 「いのちの刈り取り」ガラテヤ6章7∼9節

2024年 11/17
第三主日 一般
礼拝
ー西本耕一牧師ー

 

 


 

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【聖書】
ガラテヤ人への手紙  6章7~9節
7:
思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。

8:
自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊に蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。

9:
失望せずに善を行いましょう。あきらめずに続ければ、時が来て刈り取ることになります。

 

メッセージ概要

 

 今、収穫の秋です。実り多い者となりたいと願います。

 

1,ともに分かち合う

 6節に「みことば」と「良いもの」があります。「みことば」は聖書のことばであり「良いもの」は食べ物等です。それを互いに「分かち合う」ことです。「分かち合う」ことは愛によって可能となります。それを神様は見ておられます。創造主で全能の神です。その神様が私たちに愛を与え共に収穫させて下さいます。

 

2,蒔き方の違い

 「自分の肉に蒔く者」とは、自己中心的な思いで行うことです。「御霊に蒔く者」とはイエス様が言われたもう一人の助け主聖霊によって行うことです。自分の肉で蒔く者は滅びを刈り取り、御霊に蒔く者は永遠のいのちを刈り取ります。

 

3,収穫のとき

 パウロは「失望せずに善を行いましょう」と勧めました。善を行うとは「愛する」と言うことです。律法の神髄は、神を愛し人を愛することです。それをあきらめず続けるなら「時が来て」刈り取ることになります。

 豊かな実がなる収穫のときがあるのです。神様は私たちに聖霊による実を与えて下さいます(ガラテヤ5:22,23)。

 私たちも御霊の実を収穫する者とさせていただきましょう。

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