2026年 5/17(日) 第三主日
特別伝道礼拝
ー神戸輝明牧師ー
(グレイスライフチャーチ協力牧師)
- 【聖書】
エゼキエル書 18章21~32節 - 21:
しかし、悪しき者でも、自分が犯したすべての罪から立ち返り、わたしのすべての掟を守り、公正と義を行うなら、その人は必ず生きる。死ぬことはない。
22:
彼が行ったすべての背きは覚えられることがなく、彼が行った正しいことのゆえに、彼は生きる。
23:
わたしは悪しき者の死を喜ぶだろうか―神である主のことば―。彼がその生き方から立ち返って生きることを喜ばないだろうか。
24:
しかし、正しい人が正しい行いから離れ、不正を行い、悪しき者がするようなあらゆる忌み嫌うべきことをするなら、彼は生きるだろうか。彼が行ったどの正しいことも覚えられず、彼が犯した不信と陥った罪のゆえに、彼が死ななければならない。
25:
あなたがたは『主の道は公正でない』と言っている。さあ聞け。イスラエルの家よ、わたしの道は公正でないのか。公正でないのはあなたがたの道ではないのか。
26:
正しい人が自分の正しい行いから離れ、不正を行うなら、彼はそれゆえに死ぬ。自分が行った不正によって死ぬ。
27:
しかし、悪しき者でも、自分がしている悪事から立ち返り、公正と義を行うなら、彼は自分のたましいを生かす。
28:
彼は反省して、自分のすべての背きから立ち返ったのだから、必ず生き、死ぬことはない。
29:
しかし、イスラエルの家は、『主の道は公正でない』と言う。イスラエルの家よ、わたしの道は公正でないのか。公正でないのはあなたがたの道ではないのか。
30:
それゆえ、イスラエルの家よ、わたしはあなたがたを、それぞれその生き方にしたがってさばく―神である主のことば―。立ち返り、あなたがたのすべての背きから身を翻せ。不義に引き込まれることがないようにせよ。
31:
あなたがたが行ったすべての背きを、あなたがたの中から放り出せ。このようにして、新しい心と新しい霊を得よ。イスラエルの家よ、なぜ、あなたがたは死のうとするのか。32:
わたしは、だれが死ぬのも喜ばない―神である主のことば―。だから立ち返って生きよ。」
メッセージ概要
日本は治安が良い一方で、一度つまずくと立ち直りにくい社会だと言われています。
私は牧師として、また保護司として犯罪者の更生に関わっていますが、令和3年の犯罪白書では出所者の再犯率は49.1%に達します。就労困難や偏見が背景にあるのです。また、不登校は34万人、ひきこもりは146万人、若い世代の自殺者も増加し、令和7年には534人とされています。これらは現在進行形の深刻な問題なのです。
しかし聖書は、失敗した人をどのように扱うかを明確に語ります。エゼキエル書では、「 悪しき者が立ち返れば生きる」 と神は宣言され、罪人の滅びを望まれないと述べられます。一方で、正しい者が不正に転じればその正しさは覚えられない とも語られるのです。
人は目の前の出来事だけを見て「主の道は公正でない」と言いますが、神は人生全体を線として見ておられるのです。
神は一点の失敗で人を決めつけず、どの道に向かって歩むか を重視されます。
過去にどんな汚点があっても、立ち返りを選ぶなら死ではなく命へ導かれるのです。
神はだれ一人、滅びることを望まれません。だからこそ神はみことばを通して「背きを捨て、新しい心と霊を得よ」「立ち返って生きよ」と呼びかけておられるのです。
神は人の回復を喜び、再出発を望んでおられます。私たちもまた、日本社会が抱える問題の中で、人を点で裁くのではなく、立ち返る者をキリストの愛によって、受け入れることを神から求められているのです。