「心配して下さる神」

2021年6/27 第四主日伝道礼拝
ー西本耕一牧師ー


音声メッセージです。

 

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【聖書】ペテロの手紙第一 第5章7節
5:7
あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

 

メッセージ概要

 私たちはこの世に生きていて、いろんな悩み事や心配があります。しかし聖書に「神が心配して下さる」と約束があります。今日はそのことについて見てゆきたいと思います。

1,この世には心配の種が満ちている
 昨日もニュースを見ていますと、崖が崩れて家が倒壊する映像が出ていました。しかも田舎ではなく、都会の真ん中で起こったことです。今、梅雨の季節となって雨もたくさん降りますが、思わぬ災害が起こるのです。心配の種は尽きません。

 先日も家庭訪問で出かけたとき、台風の時のような雨に見舞われました。すごい雨で驚きましたが、最近は身近に危険を感じるような災害が起こってきます。聖書にも四十日四十夜、雨が降りつつき、大洪水が起こる前に神様はノアに警告され、彼は箱舟を造り、家族が救われた話が出ています。私たちも心して備える者でありたいと思います。

 自然災害だけではなく、私たちの心の中にも心配の種はあります。この間もある方とお話ししていて、お子さんが難病と診断された。ご夫婦揃って涙が出て仕方がなかった。と話をお伺いしました。しかしその後で、ご夫妻ともイエス・キリストを信じ救われたのです。

 私たちの人生は思い煩うことが多くありますが、聖書を読むとあらゆる思い煩い、心配から私たちを解放し、力強く生きる道が示されます。

2,神が心配して下さる
 「神があなたがたのことを心配して下さる」と聖書は言っています。何と素晴らしいことでしょう。
聖書には「あなたがたの重い患いを、いっさい神にゆだねなさい」と言っています。思い煩いとは何でしょうか。いろんなことを心配し、悩み、苦しむことではないかと思います。ある方が自殺の原因は、自分自身が「生きる目的がわからない、生きがいがない、孤独だ、自分は愛されていない」と思うところにある、と言われていました。ですから逆に、生きる目的がわかり、生きがいがあり、一人ではない、愛されている、それがわかるなら私たちは幸せになれると思います。賛美歌の中に「主我を愛す」という曲があります。「主我を愛す。主は強ければ、我弱くとも恐れはあらじ、我が主イエス我が主イエス我を愛す」イエス様は私たちを愛しておられるのです。

 水難事故で、子どもがおぼれているのを見て高齢者の方が飛び込み溺死したニュースがありましたが、実は真の神様は私たちが苦し みの中におぼれかけているのを放っておかれる方ではありません。
 イエス・キリストは、私たちを罪の滅びから救うために、この世の中に飛び込まれ、十字架にいのちを投げ出して、私たちを救い出されたのです。そして死からよみがえられ、その全能の御手を持て慰め、助け、支えて下さるのです。

3,一切をゆだねる
 私たちができることは、この救い主イエス・キリストに一切を委ねきることです。それが信仰です。神様、お任せしますと信じ祈るなら神様はすべてを背負って下さるのです。

 昔、アメリカのナイヤガラで綱渡りをする大道芸人がいまし た。自分だけでなく大人の体重ほどある重荷を負って渡り、拍手喝采でした。彼は「誰か私に背負われて一緒に渡る人はいませんか」と尋ねるとだれも応えません。男の子が手をあげ、何と背中に乗り、二人は渡ったのです。大歓声が起こりました。後で子どもに怖くなかったかと聞くと、「僕のお父さんだもん、怖くない」と応えたそうです。父親の大きな背中で安心して渡ったのです。

 私たちも神様の大きな背中に、自分自身を任せて、委ねるなら神様は危険なところも、私たちを背負って渡って下さるのです。私たちは心配しないで幼子のようにすべてを委ね お任せしましょう。神様があなたのことを心配して下さるのです。

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