「求める者はみな救われる」

2022年6/5 第一主日
ペンテコステ礼拝
ー西本耕一牧師ー

 

 


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【聖書】 使徒の働き  2章 17~21節
:17 『神は言われる。終わりの日に、わたしはすべての人にわたしの霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
:18 その日わたしは、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると彼らは預言する。
:19 また、わたしは上は天に 不思議を、下は地にしるしを現れさせる。それは血と火と立ち上る煙。
:20 主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽は闇に、月は血に変わる。
:21 しかし、主の御名を呼び求める者はみな救われる。』

 

メッセージ概要

 ソ連軍のウクライナ侵攻が始まって3ヶ月以上が立ちますが、未だ収束する様子は見えません。多くの人が戦火に見舞われ苦しみの中にあります。こうしたことはだれも予測できませんでしたが、聖書には終わりの日の預言が記されています。

1,聖霊が注がれる
 19節 20節には、未曾有の天変地異のことが出てきます。旧約聖書のヨエル書 2章に出てくることばですが。終わりの時代になるとまさに信じられないような状況になってきます。日本では東日本大震災が起こりました。また東南海地震もいつ起こるか分かりません。私たちも備えなければならないと思います。

 物理的な備えも大切ですが、慌てないように心の備えも大切ではないかと思います。
 そのことのために神様は、「終わりの日に、すべての人にわたしの霊を注ぐ。」と約束しておられます。わたしの霊とは、すなわち御聖霊のことです。聖霊は神様ご自身です。イエス・キリストは、天に昇られるとき一つの約束を弟子たちに与え られました。それは「もう一人の助け主をあなた方に遣わす」と言うことでした。その助け主が御聖霊であるのです。そして御聖霊が来られた日が、ペンテコステの日でした。

 ペンテコステは 50日という意味ですが、キリストが復活されてから 50日であり、元々は収穫感謝の祭りでした。それが聖霊降臨により、特別な日となったのです。その日に聖霊が弟子たちに臨まれ、大胆にキリストの十字架と復活を語りました。ペテロがキリストの十字架を語ったとき、人々は心刺され罪を悔い改めて、その日に 3千人の人たちが救われバプテスマ(洗礼)を受けたのです。

 聖霊が注がれることは旧約聖書の時代にもありました。しかしそれは特別な人たち、王や祭司また預言者など重要な役割を果たす特別な人に限定されていたのです。

2,聖霊の働き
 ところが神様は、ヨエルを通して「終わりの日に、すべての人にわたしの霊を注ぐ」と約束されたのです。 18節には「しもべにも、はしためにも」とありますが、奴隷であってでさえも聖霊が臨まれ、彼らを通して預言―すなわち神のみことばが語られるのです。老若男女身分を問わず神様はすべての人に聖霊を与えられるのです。そして聖霊の力・励ましをいただいて私たちは神のことばを語ることができるのです。

 預言とは、神様から語ることばを預かるという意味があります。いわゆる予告などの予言とはまったく異なるものです。神様から語れと言われたことばが私たちの心の内に与えられ、それをただ語るだけです。考える必要も心配することもありません。ですからペテロ初め弟子たちは大胆に語ることができたのです。

 それだけでなく御聖霊は、「青年は幻を見、老人は夢を見る。」とあります。幻は壮大なビジョンです。神様の救いの素晴らしい働きを聖霊によってみることができるのです。また老人も夢を見る 。それははかない夢ではなく、天の御国で新しく生きる希望を夢見ることができるのです。「幻のない民は滅びる」 (箴言 29:18)と言われますが、私たちは御聖霊によりみことばが与えられ、宣教のビジョン救いの働きをみることができるのです。

3,主の御名を呼び求める
 終わりの時代にあっても大きな希望があります。それは 21節の「しかし、主の御名を呼び求める者はみな救われる」ことです。私たちが救われるのはよい行いをするからではありません。信仰によることです。信じるなら救われるのです。ガリラヤ湖でペテロが溺れそうになったと き、主イエスはすかさず手を伸ばされて、彼をすくい上げました。同じように今も私たちは主の大きな御手によって救われるのです。そして大きな心の平安をいただき、神様の栄光を拝することができます (マタイ 14:30~33)。

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