2026年 5/31(日) 第五主日
主日礼拝
ー西本耕一牧師ー
- 【聖書】
詩篇 128篇1~4節 - 1:
幸いなことよ 主を恐れ 主の道を歩むすべての人は。
2:
あなたがその手で労した実りを食べること それはあなたの幸い あなたへの恵み。
3:
あなたの妻は 家の奥で たわわに実るぶどうの木のようだ。
4:
あなたの子どもたちは 食卓を囲むとき まるでオリーブの若木のようだ。
メッセージ概要
聖書が教える「幸い」とは、世俗的な偶然の幸福 (ハピネス)ではなく、全能の神によって約束された必然的で絶対的な「祝福」です。この祝福に与かるための核心は「主を畏れること」にあります。それは単なる恐怖心ではなく、神の偉大さを認めて敬意を払い、礼拝を捧げる姿勢です。
アブラハムが神を信じて従い、大いなる祝福を受けたように、神を畏れる心は、神に喜ばれる生き方を選ぶ原動力となります。
神の祝福は、棚ぼた式の幸運ではなく、日々の仕事や労苦の中に現れます。自分の手で労した実りを食べることは、神からの恵みです。農夫が一日を感謝して祈るように、神を畏れる者は、日々の勤勉な働きの中に平安と喜びを見いだすことができます。
またこの幸いは、「いのちの繋がり」としての豊かさをもたらします。イエス・キリストという「真のぶどうの木」に繋がることで、私たちは豊かな実を結ぶことができます。
家庭内での愛の交わりや、オリーブの若木のように成長する次世代への希望は、神が荒野のような世界にあっても植え育ててくださる生命力の象徴です。
私たちは単に目先の幸せを追い求めるのではなく、その源泉である神自身を求めるべきです。主を畏れることを出発点とし、日常の労苦の中に神のみわざを見いだして、感謝と賛美を捧げる歩みこそが、聖霊による豊かな実りへと導かれる道なのです。