2026年 10/11(日) 第二主日
主日礼拝
ー西本耕一牧師ー
- 【聖書】
コリント人への手紙 第一 6章12~20節 - 12:
「すべてのことが私には許されている」と言いますが、すべてが益になるわけではありません。「すべてのことが私には許されている」と言いますが、私はどんなことにも支配されはしません。
13:
「食物は腹のためにあり、腹は食物のためにある」と言いますが、神は、そのどちらも滅ぼされます。からだは淫らな行いのためではなく、主のためにあり、主はからだのためにおられるのです。
14:
神は主をよみがえらせましたが、その御力によって私たちも、よみがえらせてくださいます。
15:
あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだはキリストのからだの一部なのです。それなのに、キリストのからだの一部を取って、遊女のからだの一部とするのですか。そんなことがあってはなりません。
16:
それとも、あなたがたは知らないのですか。遊女と交わる者は、彼女と一つのからだになります。「二人は一体となる」と言われているからです。
17:
しかし、主と交わる者は、主と一つの霊になるのです。
18:
淫らな行いを避けなさい。人が犯す罪はすべて、からだの外のものです。しかし、淫らなことを行う者は、自分のからだに対して罪を犯すのです。
19:
あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分のものではありません。
20:
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって神の栄光を現しなさい。
メッセージ概要
私たちは自由であり多くのことが許されています。パウロも「どんなことにも支配されません」と語りますが、自由を欲望のままに使うのではなく、主に属する者として生きる姿勢を示します。
聖書は「からだは主のためにあり、主はからだのためにおられる」と教えます。私たちの体は単なる肉体ではなく、キリストが愛し守ってくださる大切な存在です。だからこそ「あなたがたのからだはキリストのからだの一部」だと言われるのです。
また、私たちの体は聖霊の宮です。誘惑や欲望に自力で勝つことは困難ですが、パウロは「主と一つの霊になる」と語り、その道は努力ではなく「主と交わる」ことです。
聖書を読み、祈りを通して神と交わるとき、私たちはイエス・キリストの名によって祈る者とされ、聖霊が内に働き、誘惑に勝利する力を与えてくださいます。
創世記のヨセフは誘惑から逃げ、神の時を待ち、ついにはエジプトの総理大臣となりました。もし欲望に負けていたなら、その祝福は決して得られなかったでしょう。
私たちも誘惑に勝利し、神に祝され、神の栄光を現す人生を歩むことができます。
それは禁欲的な我慢ではなく、神に愛されている喜びと希望に満ちた生き方です。
私たちはキリストによって罪から買い取られ、自由の身とされました。
この真理に立ち返り、内に住まれる聖霊の助けを受け、からだを感謝しつつ健康を保ち、日々の生活の中で神を崇め、栄光を現す者として歩んでいきましょう。