「キリストが住まわれる」

2021年10/10 第二主日礼拝
ー西本耕一牧師ー

 

【聖書】エペソ人への手紙 3章17~21節
:17 信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。そして、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
:18 すべての聖徒たちとともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを
理解する力を持つようになり、
:19 人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。
:20 どうか、私たちのうちに働く御力によって、私たちが願うところ、思うところの
すべてをはるかに超えて行うことのできる方に、
:21 教会において、またキリスト・イエスにあって、栄光が、世々限りなく、とこしえまでもありますように。アーメン。

 

メッセージ概要

 パウロの祈りが14節から始まっていますが、17節からも祈りの続きです。彼は偶像崇拝盛んなエペソのクリスチャンのために信仰が強められるように祈りました。

1,キリストが心の中に住んで下さる
 第一の事は、キリストが心の中に住んで下さることです。キリストは福音書を見ますと、病の人をいやし、体の不自由な人を健全にし、立ち上がらせ、強くして下さっています。もし、そのキリストが自分の心の中におられたらどうでしょうか。私たちも癒やされ強められ、毎日元気に生きることができるのではないでしょうか。

 パウロは、「信仰によって」と言っています。信じる信仰により、心の中に キリストが住んで下さる。それは自分ができることではなく、父なる神様、全能の主がそれをなして下さるのです。パウロは「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう」 (ローマ 8:31)と言っています。 神によって私たちの心は強められます。

どのようにキリストが心の内に住んで下さるでしょうか。黙示録 3:20に「わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って」と言われます。ですから私たちはキリストの声を聞く、聖書を読んでキリストを心に受け入れ る、信じるならキリストは私たちの心に入られ、私たちの心を変えることがおできになるのです。取税人ザアカイもイエス様を家に入れ、食事を共にし、交わり、彼は愛の人に変えられたのです (ルカ 19:8)。

 キリストが私たちの心の中に働かれるなら私たちはキリストの愛を知ることができます。キリストの愛を知ることは、頭でわかるとか知識的に知る、という意味ではありません。むしろ実際的に、体験的に知ると言うことです。パウロは、クリスチャンを迫害する中にキリストの愛、罪の赦し、救いを体験しました。

彼は変えられました。ですから偶像 礼拝の総本山とも言うべきエペソででも大胆に恐れることなく、伝道したのです。もちろんこのエペソの手紙を書いているローマの牢獄にあっても、彼はキリストの愛に満たされ続け、その広さ長さ高さ深さを体験し続けていたのです。ちなみに、長さは英語で long suffering(長い苦難 )とありました。

長い苦しみでも耐えることができるのがキリストの愛です。エペソのクリスチャンたちがキリストの愛を知ることができるように、そしてキリストの愛に満たされ豊かになるようにと祈っているのです。おそらく実際に与えられなければ、できなかっ たことであろうと思います。

 それはまた私たちにとっても同じ事であり、キリストの愛が心に満たされる、豊かにされることが必要です。

2,神の栄光が現される
 しかし神の恵みが豊かに与えられ、愛されていても私たちの心が疲れ果て、破れていたらどうでしょうか。恵みは漏れ、失われてしまうのでしょうか。パウロは「私たちのうちに働く御力によって」と言っています。私たちの力ではありません。神の力、心に働かれるご聖霊によって私たちは強められるのです。パウロは「私を強くして下さる方によって、何事でもすることができる」 (ピリピ 4:13)と言っています。ですから、私たちがどんなにだめでも、底なしに悪くても大丈夫なのです。神様は私たちの思いを遙かに超えた方です。

どんな人をも愛し、どんなだめな人をも新しく造り変えてご自身の栄光を現されます。パウロはローマの獄中でも賛美しました。ただキリストによって栄光が、世々限りなく永遠に与えられ続けていることを褒め称えています。

 私たちも、どんな境遇にあっても、自分は神様に愛されていると信じ続け、喜びに満ちあふれ、神様を賛美する者とさせていただきましょう。

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